明日を築くテクノロジー:HVACマクロトレンド

執筆者:Manuel Eckstein(HVACキーアカウントマネージャー)
 

未来の暮らしはどう変わるのか?これは、人類が常に思い描き、答えを出そうと努めてきた質問です。その答えを見つけるカギは、意外にもタイムトラベルではありません。人類は、ある種の進化を追求することでのみ、未来像を形成してきました。そして、この10年間の開発の最前線には、自律配送、ユーザーの希望に応じて冷暖房や換気を制御するサーモスタット、食材が少なくなると自動的に注文する冷蔵庫、所有者とコミュニケーションをとるスマートスピーカーなどのスマートホーム機器などが並んでいます。
 

こうした技術の進歩は、私たちの日常生活に大きな影響を与えています。つまり、こうした開拓者たちの進化の跡を追うことで、未来の世界のイメージが描けるはずです。こうした画期的な発展を実現した要因を知ることが、先ほど挙げた問題を解き明かすヒントになるでしょう。外出を控え、自宅や屋内で過ごす人が増えている現状、屋内での生活(巣ごもり生活)がもたらす影響、そして明るく健康的な未来の世界に続く道を切り拓く方法を理解することがますます重要になっています。この記事では、建物、およびHVAC(暖房・換気・空調)に関連する部分を重点的に取り上げます。未来の世界を構築する上で大きな役割を果たすHVAC業界のマクロト
レンドを調査・分析します。ただし、こうしたマクロトレンドは、HVAC業界だけではなく、他の市場(例:携帯電話や家電製品のMCE)にも当てはまるものです。 
 

空気の質に対する一般の意識の向上

誰もが知っている通り、最近の世間を騒がせる話題の中心は、新型コロナウイルスです。どのように感染が広まったのか?感染者と同室で過ごした場合、感染する確率はどのぐらいなのか?空気中のウイルスは、どのぐらい感染力を保つのか?空気中のウイルス濃度は、どのようにして測定するのか?ここに挙げたのは、日常的に議題に上がり、議論されている疑問の一部に過ぎません。さまざまな研究の結果、定期的に空気を入れ替える換気の良い部屋では、細菌やウイルスが蓄積されにくく、居住者が感染する可能性が低くなることが明らかになりました。つまり、換気の良い部屋は健康を増進し、個人の幸福度に直結するということです。これは、新型コロナウイルスのような目に見えないウイルスだけでなく、粒子やガス(NOx、VOC、CO2など)のような多種多様なパラメーターや汚染物質にも当てはまります。こうした有害物質の有無と濃度を測定することで、人体にとっての空気の清浄度や衛生状態を把握することができます。
 

室内環境を考える場合、よく聞くのが「シックハウス症候群」という言葉です。「シックハウス症候群」とは、建物の中にいるだけでさまざまな体調不良を引き起こすことを言います。ほとんどの場合、身の回りにある家具や日用品、アクティビティから発生する有害なガスや化学物質が原因です。さらに、最近の研究では、空気質が認知能力や健康、一般的な人間の活動にも直接影響を与えることが明らかになっています。このような人体の健康への悪影響を最小限に抑えるため、商業ビル市場では、空気の質を監視し、新鮮な空気の供給を確保することで、利用者に健康的な環境を提供する規格/建築基準/認証(LEED、WELL、ASHRAE、RESETなど)が確立されています。
 

屋外環境(大気環境)に関しても、アジアの一部地域における深刻な大気汚染や光化学スモッグ、欧米で発生した「ディーゼルスキャンダル」(エンジンの排出規制不正)などをきっかけに、大気環境に対する社会的な関心が着実に高まっています。「自分が呼吸している空気の質はどうなのか、自分の体にどんな影響があるのか」という疑問を持つ人が増え始めたのです。   
                                                           

このように、空気質の影響に対する意識の向上に伴って、目に見えない汚染物質を可視化する機器の需要が高まっています。空気質を改善するため、身の回りの空気環境に関する情報を得る方法を求める声が多くなっています。
 

環境に配慮した住宅でも、室内空気環境への配慮が必要

前のセクションでは、建築基準法/規格と認証について述べました。こうした基準は、居住者/利用者の健康を守り、快適に過ごせるように、建築業者や請負業者が空気質を最適化する構造を設計・建設する方法を定めたものです。さらに、建物内の過剰な空気処理による発電施設の二酸化炭素排出量、あるいは建材から放出される有害物質についても考慮されています。建物内の冷暖房・換気は、建物全体の電力消費量の約50%を占めています。電力消費を最小限に抑え、それに伴う温室効果ガスの排出を直接削減する方法として、換気の最適化が考えられます。換気を最適化とは、吸気量を減らし、それによって処理が必要な空気量を減らすことを意味します。「できるだけ少なく、必要なだけ」がモットーです。居住者/利用者の少ない建物は、数百人単位の人が利用する建物と比較すると、給気量(取り込む空気量)ははるかに少なくて済みます。ASHRAE基準「62.1-2019」では、居住者一人あたりに必要な給気量を定めています。換気を最適化するプロセスを「デマンドコントロールベンチレーション(DCV)」と呼びます。つまり、建物の居住者/利用者数に基づいて、ビル管理システムが換気量を調整しなければならないということです。最近では、室内の二酸化炭素濃度で在室状況を把握するケースも増えています。DCVについては、すでに多くの記事が発行されているので、ここでは割愛します。
 

見落とされがちですが、上述した換気率の最適化や高度な建築基準法などは、商業施設(オフィスや店舗など)だけが対象ではないことが重要なポイントです。住宅など小規模な建物も対象になります。住宅の省エネルギー規制の厳格化により、住宅建築は「低エネルギー住宅/ゼロエネルギー住宅」への移行が進んでいます。一般的に「低エネルギー住宅」は、暑さや寒さを防ぐため、気密性の高い構造になっています。従来の住宅のように、隙間や壁から空気の入れ替えができる、自然な換気は現在の住宅ではほぼ見られません。その結果、室内の空気環境を健康な状態に保つには、能動的(機械的)換気が必要です。通常、こうしたシステムは、空気の質や居住者の数に関係なく換気量が設定され、設置後は変更することはできません。常時換気は、エネルギー消費量が高く、環境にも悪影響を及ぼすため、この方法は改善の余地があります。また、住宅の場合は、二酸化炭素エベルなどの空気環境パラメーターで換気量を調整するDCVモデルに移行するなどの選択肢も有効です。
 

気密性とエネルギーの最適化を考慮した建物は、今後、普及が進むと思われます。健康的な住環境を実現するには、居住者のニーズに合わせて換気量を調整するスマートなシステムが必要です。
 

人間の介入を減らし、自動化を進める

車に乗る時、あるいはワイヤレスヘッドフォンを装着する状況を考えてみましょう。スマートフォンが車やヘッドフォンに直接接続され、接続確認や手動で接続を確立する必要がなく、音楽の再生が始まることを想定しています。何個もボタンを押して接続しても、大した労力ではないように思えますが、自動接続の便利さと快適さはすっかり私たちの生活に溶け込んでいます。

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Hearing aid

また、「ジオフェンシング」についても考えてみましょう。スマートフォンは、利用者の位置情報を室内のスマートサーモスタットに送信し、サーモスタットは利用者と家の距離に応じて暖房や冷房を調節します。これは、一部の評論家が言うような「人類が怠惰になっている」現象ではなく、テクノロジーと人工知能のアルゴリズムが新たなレベルで自動化された快適な暮らしを実現した事例の一つと言えます。自動化は贅沢品ではなく、標準装備になりつつあり、快適な居住環境を整えるために必要な人間の介入(操作)は減る傾向にあります。こうしたスマートシステムは、適切なアルゴリズムと検出情報の入力の発達と本質的にリンクしています。材料科学と電子機器の絶え間ない進歩により、2、3年前には想像もできなかった製品が生まれています。民生製品のほとんどが、小型化(例:補聴器)や統合化が進み、従来より多機能な製品(例:腕時計からスマートウォッチへの移行)が増えています。現在、市販されている機器のほとんどに「スマート」という言葉が使われています。しかし、「スマート」な製品を実現するにはどうしたらよいのでしょうか?これを実現するのがセンサーです。通常、デバイスには、環境パラメーターを検出するセンサー、簡単に言えば、利用者の周囲の環境を検出する装置が組み込まれています。次に、センサーが収集したデータは、ユーザーの習慣や好みに合わせてデバイスの動作を調整するスマートなアルゴリズム(AI=人工知能など)と組み合わせられます。
 

その結果、小型化された部品とセンシング技術によって実現したコンパクトなスマートデバイスは、日常生活に浸透し、まったく新しいユースケースが生まれています。

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Smart watch

現在の業界における製品コスト

価格競争は、経済において延々と続く戦いです。2008年/2009年の金融危機や新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンを経て、フリーキャッシュフローの重要性が浮き彫りになりました。企業の成功において不可欠なのが、利益マージンの最適化です。最も直接的な方法は、購買部品のコスト削減でしょう。こうした圧力が向けられる先は、主にOEM企業であり、サプライヤーに対する重圧が一段と高まっています。その結果、サプライヤーはその負担をサブサプライヤーに転嫁するか、コスト構造の最適化という課題に直面することになります。発売時には革新的な製品であっても、いずれは市場価値が低下し、一般的な商品になる「コモディティ化」が避けられない事実を認識することが重要です。つまり、効率的なサプライチェーンを確保し、材料費を抑えることができて初めて、企業は競争力を保つことができるのです。企業がコモディティ化のプロセスとそれに伴う価格競争を遅らせる方法があるとしたら、競合他社との差別化要因となる独自の機能を備えた製品を発表し、エンドユーザーに現実的な価値を提供することでしょう。
 

プロセスのコストを抑えるには、製造工程の自動化を最大限に活用する必要があります。自動化を取り入れることで、手動の操作が必要な工程と比較すると、はるかにコストを抑えられます。たとえば、はんだ付けに関して言うと、一部ではいまだに手作業が必要な製品もありますが、ほとんどの電子部品は(小型化のためにも)完全に自動化されたSMT(表面実装技術)プロセスで実装されています。デバイス製造の生産ラインを完全自動化することで、処理時間の短縮と製造コストの削減が実現し、大量生産にも対応できるようになります。
 

前のセクションでは、デバイスのスマート化にはセンシングソリューションが必要であることを説明しました。スマートデバイスを社会に普及させるには、顧客にとって価格が魅力的であることが重要です。つまり、手頃な価格のセンシングソリューションがカギを握るのです。こうしたスマートソリューションは、大邸宅、オフィスビル、ワンルームのアパートなど、あらゆる建物に設置されるようになるでしょう。
 

まとめ

冒頭で「現在の技術開発が未来を作る」と述べました。もちろん、技術トレンドは、互いに増幅し、影響し合う相互依存関係にあることも認識しなければなりません。たとえば、センサーなどの電子機器の小型化・低コスト化は確実に進んでおり、その背景には「自分の周囲の環境のことを把握したい」というユーザーの欲求があることは明らかです。その結果、これまでは想像もできなかった多種多様な機器にセンサーが組み込まれることになります。こうした進化は、人類のテクノロジーへの依存が強くなり、手動操作がなくても希望する状態を得られる状態に慣れつつあるのからでしょう。実際、すでにテクノロジーには大きく依存していますが、常に意識しているわけではありません。日常的に使っている機器の背景には、複雑なシステムやアルゴリズムが存在していることを、私たちはほとんど意識していません。システムがクラッシュしたときに初めて、人間が機械やアルゴリズムに依存しているという事実が明らかになるのです。将来の世代の期待に応えるシステムやデバイスを実現するには、スマートなアルゴリズムと組み合わせて使うセンサーを増やす必要があります。アナログからデジタルへの移行が進む中で、自律的な運用にセンサーデータが欠かせないことは、議論するまでもないでしょう。たとえば、センシリオンが提供する環境センサーもその一つです。センシリオンは、HVACや住宅市場への導入を目的とした小型二酸化炭素センサー「SCD40」を開発しましたが、こうしたトレンドを反映した顕著な例と言えるでしょう。外出を控え、自宅や屋内で過ごす時間が長くなるにつれて、今後は屋内での生活、あるいは居住者/利用者のニーズに対応した機能の構築に重点を置く必要があります。つまり「未来の暮らしはどう変わるのか?」という質問に対する答えは、生活の自動化とホームオートメーションという非常にシンプルなものになりそうです。

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